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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)242号 決定

抗告人 小田幸一

相手方 浪川岩次郎 外四名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

抗告理由第一の(一)及び第三の(一)について、

株式会社において、複数の取締役選任のための株主総会招集通知をなす場合には、累積投票請求の関係上右招集通知書又は少くとも之に添付された附属書類によつて、選任すべき取締役の員数を明確にすることを要するものと解すベきである。ところが、本件においては、右各書類によつては、その員数が全く不明確であるに拘らず原決定は右員数の通知を必要とするものとしながら、同通知書に取締役の任期満了による改選と記載されていることと、定款及び会社登記簿を対比調査することにより、本件定時株主総会終了の時に全員任期が満了し改選をするものであることは容易に知り得るところで、定款の規定上少くとも三名以上の取締役を選任すべき場合であることが明らかであるとして、右通知には員数の記載を欠いても違法の点は存しないと判示したことは失当であり、右通知にかしのあつたことは否定できない。

しかしながら、株式会社近江兄弟社定款(甲第四号証)第一六条には取締役の選任に付累積投票によらない旨の規定があるから、かような場合の累積投票の実現のためには、商法第二五六条の四により発行済株式総数の四分の一以上の株式を有する株主の請求を必要とすること勿論である。してみると、右招集通知のかしを理由として株主総会決議取消の訴を提起するについても、右四分の一以上の株式を有する株主の全員が原告となるか、或は、その内一部の株主が原告となることが許されるにしても、少くとも右四分の一以上の株式の株主の糾合のあることを立証しなければ勝訴の判決を受け得ないものと解すべきであり、このことは右訴提起に関連して取締役の職務執行停止等の仮処分を申請するについても同様であると謂わなければならない。ところが本件においては記録添付の株主名簿の写、及び原審における抗告人本人審尋の結果によると、右会社の旧株式総数一〇〇万株の内抗告人の持株数は五、一〇〇株で約二〇〇分の一にすぎず、(昭和三六年二月の増資によつても右の比率には変動はないものと見られる)、他の株主を糾合しても四分の一以上の株式数に達する可能性のあることの疎明はないのであるから、本件仮処分申請に付ての被保全権利である株主総会決議取消請求権の疎明がないものと謂うのほかはない。従つて右抗告理由は採用に値しないものと認める。

抗告理由第一の(二)及び第三の(二)に付て、

しかしながら、近江兄弟社貯蓄組合が右株式会社の株式を取得した経過に付ての当裁判所の認定は原決定のそれと同一であるから、右組合の持株が同会社の自己株式若くは之に準ずるものと見られないことは勿論、自己株式取得の脱法行為として取得されたものと見ることも出来ない。右認定の事実関係においては組合の株式取得により資本維持の阻害される危険も認められないのであつて、単に右組合の代表者が同会社の社長であるというに止まり、両者が経済的に同一体であるとか、或は同組合が会社の分身であつて、別の人格ではないと見るにも足りない。所論はすべて右認定と異なる事実を前提とするものであつて、採用できない。

次に抗告理由第二は、仮処分の必要性を主張するものであるから、前段説示のとおり、本件仮処分申請につき、被保全権利の疎明がない以上、右必要性の有無に付考察する余地はないから、之亦採用の限りでない。

その他記録を精査するも、本件仮処分申請を失当とした原決定を取消すべきかしと認むべき点がなく、同決定は結局正当であるから、本件抗告は理由なきものとし、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり決定をする。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

別紙記載の内容の仮処分決定を求める。(別紙添付なし)

抗告の理由

第一決議取消理由

(一) 招集通知の瑕疵

現商法に於ては、役員選任のうち監査役については、いわゆる普通決議ですむに反し、取締役選任の場合には、累積投票の制度が認められて居り、右少数株主の累積投票請求の可能性を確保するために、議案そのものに選任すべき取締役の員数を明記すべきというが、支配的定説である。

右に反する取締役選任の決議は取消さるべきものである。

二人以上の取締役選任の議案については、株主に累積投票請求なしうべき場合であるか否かを知り、且つこれに対する準備をなすことにつき重要な利益を有するから通知には取締役何名の選任を行うかを示すことを要するものと解しなければならない。若し員数の記載の洩れている通知によつてなされた総会で取締役二名以上の選任をなしたときはその決議は取消さねばならない。

もつともその記載としては、必ずしも「取締役何名選任の件」として直接員数を明示しなくとも「取締役全員任期満了につき改選の件」というようにその員数を推認しうるものであつてもよい。然し、これが最少限度の記載であつて「全員」の表示すら欠如して居れば果して任期満了者が何名であるか、全員であるかは一般株主にとつては到底推認し難いところであり、一人々々の株主に会社の登記簿の閲覧を期待して登記簿の閲覧によつて任期満了者の員数を知りうるとして右程度の記載を以て員数を推知しうると解することは不当に解釈を拡張し過ぎるものである。招集通知が会日の二週間前に発信するを以て足るとされ、且つ累積投票請求権の行使を会日五日前に書面を以て行わねばならず、五日前に該書面が会社に到着することを必要としており、通知は二週間前に発信すれば足るのであるから株主に於て累積投票の請求をなすか否かを検討する期間は株主の住所如何によつては一週間に足りないこともある。その僅かな期間に先づ累積投票をなしうべき場合か否かを調査するために一人々々の株主に登記簿の閲覧を要求し、期待するが如きは不能乃至は著しく困難なることを強うるもので不当な拡張解釈といわなければならない。よつて、株主が会社の登記簿を閲覧すれば任期満了の取締役の員数を推知しうるとする判断は失当といわなければならない。尚原決定は、招集通知の附属書類を以て任期満了の取締役の員数が推知しうると、事実認定しているが、招集通知は疏甲第五号証の通りであつて委任状以外附属書類は存在しないのであるから証拠に基かない独断か誤認といわなければならない。

(二)

近江兄弟社貯蓄組合名義の保有株式は、同貯蓄組合の性格上、株式会社近江兄弟社の分身に過ぎざるが故に、所謂「自己株式に準ずる場合」以上のものであるを以つて、商法第二四一条第二項によれば、会社は存在する自己の株式に付ては議決権を有しない。又会社の有する自己株式に準ずる場合も議決権を行使しえない。ドイツ法はこれを明定する処、我が国法上も理論と同様である。而して自己株式に準ずる場合とは従属会社が有する支配会社の株式並に会社又は従属会社の計算に於て他人に属する株式である。(勁草書房刊田中誠二外二名著コンメンタール会社法四四一頁)

仍て本件貯蓄組合名義の株式は自己株式に準ずる場合に外ならざるを以て其の議決権を行使するを得ざるものである。

第二必要性

株式会社近江兄弟社はキリスト教の伝道を目的とする財団法人近江兄弟社の目的を達成するための一方法としてその事業部門として設立された会社である。従つて同社の定款第二条に「当社は財団法人近江兄弟社の経営する宣教、教育医療その他の社会公益事業を援助するため左の事業を営むことを目的とする。一、医薬品、化粧品等の製造販売並に輸出入〈以下省略〉」と掲げて、メンソレータムの製造販売をしているものである。

かような特殊性を有する会社であるから同社の取締役である被申請人等は単に利益を追及するのみならず右定款第二条記載の目的に沿つてその任務を遂行すべき義務があり、この義務は同取締役の忠実義務の内で最も重要な義務である。

右会社は明治四十三年米国メンソレータム株式会社よりメンソレータムの商標権の日本に於ける実施権の設定を受け、財団法人近江兄弟社の伝道活動の援助を受け、来日本に於てメンソレータムを独占的に製造販売をし、その利益を右財団法人に寄贈してその援助をして来たのである。

然るに右米国会社の役員が変つた昭和三年 月頃になつてにわかに、右商標権実施料を高額に要求し、当時右法人の創立者である一柳米留が病臥中で申請人が右会社の代表取締役であつたのでその交渉に当り、右米国会社からの要求を聞き入れなかつた。それで米国会社は申請人を代表取締役の地位から落し、被申請人等を取締役に就任させ殊に現代表取締役の吉田希夫が米国会社役員と米国に於て交友関係があつて米国会社の意の儘に動かしうるところから同人を代表取締役に就任させ、前記の目的を達せんとして、昭和三四年一月三〇日株主総会を共同代表取締役であつた諸川庄三に対し画策し開催せしめ同会場に米国会社役員が乗り込み、吉田希夫を取締役に選任しなければメンソレータムの商標権を取上げて会社の事業を閉鎖するのやむなきに至らしめる旨脅迫し被申請人等を取締役に就任させた。

申請人は直ちにその非を責めて右総会決議の無効又は取消の訴訟を提起したがその判決前の昭和三五年一月一九日取締役全員辞任し同月二〇日の株主総会で被申請人等を取締役に再任して、右訴訟を維持し得ないように策を弄した。

その間、米国会社の計画は押し進められ同社の意を受けている被申請人吉田希夫及び被申請人等は力を協せて米国会社の要求を年毎に受け入れて居る。そして、財団法人への寄附を引締め、株主に対しては「独立採算制」、「株式会社と財団法人とを分離し、株式会社の近代化」と美名を唱えて定款第二条違反の行為を糊塗しているのである。

その影響で、昭和 年 月頃右引締めのため、 教会の閉鎖及び牧師 の解職を行うのやむなきに至らしめた。

かように被申請人等は財団法人の創立者であり、株式会社のかつての社長であつた一柳米留が現在 膜出血で病臥中である機会を利用して本来財団法人の目的達成のための手段として設立された株式会社を利潤追及、米国会社への利益流出へと走らせて居るのであつて被申請人等の定款違反行為の直ちに防阻止しなければ回復し難い甚大な損害を生ずる。

よつて被申請人等の取締役としての職務を締止し、公正なる人を以て職務を代行されんことを希求し本申請に及んだ次第です。

第三

(一) 「取締役の任期満了につき改選の件」とした株主総会招集通知の適否について、原審の決定は附属書類によつて員数の推認しうる場合とし居るのみか更に定款登記簿の記載を参酌してその適法性を肯定して居る。

右については、ジユリスト選書株主総会二九以下によれば、別紙のごとくであるが、少くとも、通知書添付の附属参考書類に限らるべきであつて、定款登記簿の記載迄拡張するは行過ぎである。

仮りに定款及登記簿を対比調査するとしても、当時就任していた取締役は何れも昭和三十五年一月二十日総会で選任されたものであつて、本件定時株主総会終了の時に、全部重任なりや、一部重任なりや等明確にせざる限り、無理を強ひるものと云ふの外なく、本件の場合の如く、会社役員に於て、何を仕出かすか計り難き場合に於ては、尚更のことである。

又実際、一々の株主が、定款登記簿の類迄取り寄せ調査の要ある迄のことを為さねばならない法律上の義務あるということになれば、招集通知が会日の二週間前に発信するを以て足るとされ、且つ累積投票請求権の行使を会日五日前に書面を以て行わねばならず五日前に該書面が会社に到着することを必要としており、通知は二週間前に発信すれば足るのであるから株主において累積投票の請求をなすか否かを検討する期間は株主の住所如何によつては一週間に足りないこともある。その僅かな期間に先づ累積投票をなしうべき場合か否かを調査するために一人々々の株主に登記簿の閲覧を要求し、期待するが如きは不能乃至は著しく困難なることを強いうるもので不当な拡張解釈といわなければならない。

又原判決は、招集通知の附属書類を以て任期満了の取締役の員数が推知しうると、事実認定しているが、招集通知は疏甲第五号証の通りであつて委任状以外附属書類は存在しないのであるから証拠に基かない独断か誤認あるものといわなければならないのである。

(二) わが商法上の問題としては、子会社による親会社株式の取得を法律上も親会社自身の自己株式取得と向視できるか。

大隅博士は、右の問題の解決を自己株式取得禁止の立法理由と会社法の精神とにおいて求められ、取得禁止の立法理由の一つである資本維持の原則は株式会社法を貫く根本原則であり、これに違反する行為は、たとえ法律上、明文の規定を欠くとしても無効となることを免れないのであり、たとえ形式的には自己株式取得とは見られない場合であつても、実質的・経済的には、自己株式取得と同様に資本維持を阻害する危険のある行為に対しては、自己株式取得禁止原則規定の類推適用をするのがかえつて法の精神でなければならない旨説いておられ、その帰結として、親会社株式の取得がつねに許容されないものと見ることはできないが、しかし少なくとも、親会社の子会社への資本参加の程度が大であつて経済的には両者間に「財産的単一性」が認められる場合には取得禁止規定を類推適用すべきであると主張しておられる。

これを要するに、会社間に親子関係があると推定されるから、子会社による親会社株式の取得が自己株式取得と同視されるべきであるということでなく、むしろ問題は、自己株式取得の脱法行為として具体的にどのような形式がとられたかということにあり取得禁止原則の観点から見て、親子関係がなくとも、株式の相互的交換保有が具体的な事情において、禁止原則の回避として行なわれる場合であれば、やはり、当然禁止されなければならないのである。

而して、近江兄弟社貯蓄組合が、株式会社近江兄弟社の株式を有して居ることは原審決定の認めておるところであつて、たゞ右決定は、同組合の有する株式は主として組合員が所有する株式を同組合に譲渡したものの外、組合員が毎月給料の一部を積立てこれを同会社に預け(組合の会社に対する貸金という形で処理)ておき、増資に際し、同会社において右金員を、同組合の株式払込金に充当することによつて組合が前記株式を保有するに至つたものであることが伺われるとしておるものであるが、右は貯蓄組合が同会社の株式を保有するに至つた動機を示すに留まるものであり、右株式は貯蓄組合の名義になり居るものなることはまちがいのないところであつて、しからば右貯蓄組合の性格上、同会社の一分身というべきであつて別の人格でなく、本貯蓄組合は通常の貯蓄組合の性格の外に同会社の株式保有という保全会社的性格を有するものであるばかりか、同会社の株式の大半を有する支配的大株主に外ならず同会社の経営計算においても貯蓄組合の会計は会社の会計組織の一部になりおる実情在之且又、本件申請当時においては、同会社の社長は貯蓄組合の代表者となりおる始末であり、右貯蓄組合名義の株式はすべて子会社ないし第三者名義による株式の取得と所謂、準自己株式というまでもなく、所請自己株式というべきものである。

仮りに準自己株式なりとするも、昭和三十六年十一月十日付理由書第一の二に陳述せるごとき理由をもつてその議決権の行使は許されざるものである。

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